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阿光坊古墳群 [青森の話題]

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先日、おいらせ町にある”おいらせ阿光坊(あこうぼう)古墳館”に行ってきました。
青森県民の多くがその存在すら知らないであろう阿光坊古墳群。国の史跡にもなっています。
古代の遺跡といえば青森では何といっても三内丸山遺跡が超メジャーですがそれ以外でもつがる市木造の遮光器土偶(モデルは宇宙人説もあり)や八戸の是川遺跡から出土した”合掌土偶”なんかは知っている人も多いかもしれません。

歴史好きの私も青森県民になって15年経ちますが今年になって初めて阿光坊遺跡群の存在を知りました。
同じ上北郡に住んでいるのになぁ。


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そもそも私が阿光坊古墳群のことを知りきっかけになったのがこの”おいらせ阿光坊古墳館”のオープンを伝える地元局のTVニュースでした。(平成29年3月開館)
[かわいい]おいらせ阿光坊古墳館のサイト(おいらせ町HP内)はこちら


阿光坊古墳群は7世紀~9世紀後半の約300年間に造られ続けた蝦夷(えみし)の権力者たちの墳墓と推定されています。
中央では古墳時代の終わりから平安時代に当たる時代の古墳群なので末期古墳とよばれるそうです。

北海道で古墳が見つかりまでは本州北限の古墳群だったのでは?


「おいらせ阿光坊古墳館」

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まだオープンから半年も経っていないので館内は新築のいい匂いで展示コーナーもピカピカ[ぴかぴか(新しい)]

入館料は無料ですが展示室は観覧料が必要です。
実際の古墳群のある場所までは国道45号線を挟んだ反対側の丘にあるので少し距離(400m)があります。
古墳群見学をされるのであればまずはここで予備知識を頭に入れて現地に行かれるのがお勧めです。

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展示室の入口にある古墳群全体の俯瞰模型です。

阿光坊古墳群は阿光坊遺跡、天神山遺跡、十三森遺跡から構成されています。
奥が北側で手前の青い線が奥入瀬川。(十和田湖から流れ出る唯一の川。ここら辺ではもう渓流という雰囲気はありません)
ここら辺は現在・青森県上北郡おいらせ町阿光坊という地名ですが”〇〇坊”という地名はお寺に由来する地名が多いのですが現在この阿光坊地区には阿光坊という寺社は存在しません。かつて存在していたという確証もないようですが言い伝えでは存在していたという説もあるようです。(古墳館職員の方の話による)

また他にも〇〇坊という地名も近くに存在するようですが恐らく修験道に由来する地名では無いかという説です。
私の住む地域も修験道の道場だったらしい。
館内の展示品は古墳から出土した副葬品である勾玉(まがたま)、須恵器、鏃(やじり)、刀等が展示されています。
私のおススメは蕨手刀という柄の部分の末端が蕨(わらび)のようにくるっと巻かれている形状の手刀。


2Fは展望室のようになっています。

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ちらの方向に阿光坊古墳群が位置しています。
ブラタモリ風にいうところの奥入瀬川の河岸段丘にあることになります。


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南西側は奥入瀬川が流れてその上を東北新幹線の高架橋が走っています。
左が八戸方面で右側が七戸十和田方面でここら辺はトンネルの連続なので新幹線が眺められるのは珍しい。
天気が良ければ八甲田の眺望も期待できます。



「阿光坊古墳群(現地)」
古墳館から目の前の国道45号線を信号のない横断歩道を渡って丘に登ると阿光坊古墳群の現地に到着。
古墳のすぐ下に大きな駐車場も整備されています。

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古墳といっても有名な仁徳天皇陵(大仙古墳)のような強大な古墳はここにはありません。
古墳といえば大きなものとイメージしてここに来ると少々がっかりするかもしれませんが代わりに古墳がボコボコとあちこちにあります。
これはちょっと見たことのない風景でしたので私は驚きました[がく~(落胆した顔)]

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阿光坊遺跡と天神山遺跡はほぼ同じ場所(隣接)していて阿光坊遺跡は奥入瀬川とは逆の緩やかな傾斜地に造られているようです。
平地に造られるような古墳のイメージがあったのですが古代の人たちはどうしてこの場所を墳墓として選んだのでしょうか?


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こちらは天神山遺跡の古墳。北東北の蝦夷の墓ならこのくらいの規模なんでしょうね。

この阿光坊古墳群の発見は比較的最近で1986年(昭和61年)に勾玉が見つかったのをきっかけに本格的な調査発掘が始まったそうです。

調査の結果108基の古墳と8基の土抗墓が見つかりました。
おいらせ町は農業が盛んな土地でこの遺跡も長芋畑の下から見つかったそうです。
もともとこの辺りは十三森といって中世の武者の墓という言い伝えがあったようで昔からここらの畑では遺物がちょくちょく見つかっていたようです。
実際は中世よりももっと古い時代の古墳だったのですが畑作業でかなりの古墳が破壊されていたとか・・(長芋は植え付けや掘り起しの際にかなり深く機械で土を掘り起こします)
古墳館の展示でも”十三”という数字は古代において何かしらの暗示めいた数だったようです。
(青森には津軽の日本海側に十三湊(とさみなと)という中世の巨大港湾都市遺跡があります)

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古墳の脇には一般の民家が建っています。
この古墳の合った場所はこの方の畑だったのかなぁ?
住人の方もまさか家の隣がこんなことになっていたなんて思いもよらなかったのでしょうね。
自宅リビングからの眺めも気になるなぁ・・
家の下にも古墳が今でも眠っているかも?すごいロマンのある家です。
天神山、阿光坊の遺跡の奥に続く道沿いには十三森遺跡があるとのこですが現場ではあまり確認できませんでした。
ちょうど現地を訪れた時はここを遺跡公園にする造園工事の真っ最中でした。
発掘調査自体は終了しているようなのでこの古墳も特に柵で囲うこともなく登っても良いようなことも行っていましたが・・・工事が完成すればベンチや説明板が各所に造られるようなのでお弁当持参で子供を連れた散策にも良さそうです。

スクリーンショット (63) (800x490).jpg

googleEarthからのスクショ。
草に覆われていないので印象がかなり違いますね。残土置き場みたいな光景。
発掘がまだ終わっていないころなのか?



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U3

私の住む千葉県は結構古墳や貝塚遺跡の多いところです。
by U3 (2017-09-08 14:26) 

青い森のヨッチン

U3さん
千葉も古墳が多い地域なんですね!
貝塚は海が近いから何となく多そうなイメージですが・・
千葉県にある蘇我市って蘇我一族と関係がある土地なんですかね?奈良とはかなり離れているから関係ないのかなぁ
by 青い森のヨッチン (2017-09-08 17:18) 

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